連続でくしゃみが出ると、自分の体なのにイラッとしてしまうのは私だけだろうか。
いや、ただくしゃみが出るだけならここまではならない。なにもかも、目の前の数学の問題が難しすぎるせいだ。

「寒ィか?」

この暑さのなか、幸運にもクーラーが設置されている図書室で勉学に勤しむ私に声をかけたのは、参考文献を漁りに来ていた後輩兼幼馴染みの千空である。

「うー、カーディガン持ってくれば良かった……まあでも暑いよりはマシかな」

中学生にして白衣を着こなす男の子、千空は私の目の前に小難しそうな分厚い本を積み重ねていく。

「それ全部読むの?」
「かいつまんでな。欲しい所は予めピックアップ済みだ」
「それは効率的ですね」

千空先生そんなことより数学教えてください!なんてカッコ悪いことが言えるはずもなく、むき出しの腕をさすった。寒い。

「やっぱ冷えてんじゃねーか。仕方ねえ……」

再び本を集めに行くのかと思いきや、千空はいそいそと羽織った白衣を脱ぎ出した。
千空がこれからしようとしてくれている事に勘づいてしまった私は、ここが図書室だというのも忘れて彼を抑えた。

「ダメー!それは千空のトレードマークなんだからそんな簡単に脱いじゃダメ!」
「あ゛?図書室で騒ぐんじゃねえよ」

不良みたいな顔と声だ。小さい頃はあんなにかわいかったのに。

「つかどんな理由だよトレードマークって」
「いや、なんか……白衣は千空が着てこそ輝く的な?」
「非合理的だから却下。そういう事は鼻水拭いてから言いやがれ」

差し出された白衣をおありがたく受け取ることにした。
鼻水も急いで拭いた。
なんだか申し訳ないけど、ぶっきらぼうでかわいらしい優しさが身に染みる。

この数十分後には「やっぱ俺も寒ィ」と言い出した千空と連れ立って、炎天下のなか飲み物を買いに行く羽目になるのだろうけど。



2020.8.10


back
- ナノ -